外は、暑いのだろうな。
暑さには慣れている。暑いというのなら、故国の方がよほど暑い。だが、日本の暑さはひどく蒸す。
ペットボトルに口をつけ、ゴクリと水を喉に流す。フッと一息吐いたところに軽いノックの音。
「どうぞっ」
少年のように楽しげな声を受けて、静かに開く扉。その後ろから覗く、呆れたような小顔。
「ご機嫌ね」
メリエムに言い当てられ、ミシュアルは少し照れたように笑った。
「エアコンの効きが良いからね」
「ずいぶんと下手な誤魔化しだわ」
表向きは秘書と雇い主。だが、交わす会話は友人かと思うほど親しげ。
年はそれほど近いワケでもないが、二人の間の壁は薄い。
もっとも戸籍上は養父と養女なのだから、当たり前なのかもしれない。
「ご機嫌なところ申し訳ないのだけれど」
メリエムは後ろ手で扉を閉じ、室内へ二・三歩入り込んだところで足を止めた。そうして、肩を軽く揺らして片眉も揺らす。
「向こうはすこぶる不機嫌だわ」
その言葉に、ミシュアルは苦笑して窓の外へ視線を向ける。
ここは東京都内の高級ホテル。窓の外には都内の景色が、モヤモヤと揺れながら広がっている。
真夏の日差し。車の排気ガス。エアコンの室外機から噴出される熱風。それらが相交じり合い、陽炎となって世界を包む。
苦笑したまま何も口にしないミシュアルの態度に、メリエムがしびれを切らした。
「我侭にも、程があるわ」
ため息混じりの言葉には、苛立ちも含ませている。
「そう言うな」
宥めるように呟くのも、返って逆効果だったらしい。
「ミシュアルも甘すぎるのよ」
胸の前で組んでいた両手を広げ、乗り出すように身を揺らす。
「だからルクマが図に乗るんだわ」
大振りの仕草はまさに西洋人。だが、交わされる言葉は日本語だ。傍から見れば、実に奇妙な光景かもしれない。
「ルクマには、今までとても苦労をかけてきた。辛い思いもさせてきたんだ。こちらに弁解の余地はない」
「だからって、あの態度はないわっ」
「彼だって、それなりの努力はしていたよ。アメリカに連れて行った時には、まだ………」
ミシュアルはそこで言葉を途切らせ、当時へ思いを巡らせる。
その姿に、メリエムは大きく息を吐いた。
ミシュアルの、その心優しさがメリエムは好きだ。その優しさにメリエムも救われた。
だが、優しいだけでは世の中は渡れない。特に彼のような立場にあっては――――
胸に広がる憂いを払い除けるように頭を振り、両手を腰に当てる。
「じゃあ、会うのは辞める?」
その意地悪な言い草に、今度はミシュアルが肩をあげた。
「こちらから呼んでおいて会いもしないなんて、それこそ嫌われてしまうよ」
「もう十分嫌われてるわよ」
そう言ってメリエムはクルリと身を反転させ、ドアノブに手をかけた。
ミシュアルは持っていたペットボトルを飲み干すと、姿見で軽く身なりを確認する。そうしてメリエムの開けた扉から、一歩外へと踏み出した。
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